ビバリウム制作1 2017年02月06日 日々 コメント:2

ビバリウム(仮)  
意を決してビバリウムの制作に取り掛かろうと思う。画像は今日頑張ってケージを洗い、底に軽石を敷き詰めたビバリウム(仮)の骨子である。正直、ここまでやればあとはノリと勢いでなんとか組みあがるのではないかと踏んでいたが、私には決定的に創意の、いやクリエイティブな感性がモノ皆全て欠けており、この荒涼としたケージの前で延々と頭の創意の泉が湧き出るのを待っては見たが、既に泉は枯れて果て、その底には乾いた砂が舞うばかりである。果たしてそもそも泉自体あったのかすら疑わしく、底を掘り下げようにも多分大事な部分から血が出ると思うので止めておいた。

 せめて土を投入して流木を組んだりしたら、あとは隙間に植物を植えこんだらいいだろうと思っていたが、やはり創意の泉は沈黙したままでビバリウムの神は私に何も語り掛けてこない。どう流木を組んだものか、どう地面に勾配を付けたものか、全く思い浮かばない。乾いた雑巾を絞るが如く唸ってみても、脳裏に浮かぶのはけものフレンズのことばかりである。
 昔魚を飼っていた頃もそうだったのだ、新しく水槽をセットする度に「今度こそ水草を密に植え込んで、小型の美しい連中のみでやってゆこう」と思うのだが、いざショップに行くと必ず帰りには何やら細長い、そのうちに如何にも水槽から飛び出して埃まみれで息絶えそうな連中のビニール袋をぶら下げて帰ってくる。当然、そんな連中の収まる水槽には水草も密に組んだ流木も無い。ただベアタンクの中でなんか細長いのが横たわっている、私の心象風景と見紛うばかりの荒涼とした光景である。そんなことを幾度となく繰り返してきた人間が今更ビバリウムを作ろうなぞというのは烏滸がましいのではないだろうか。流石にここまで書いてきて死にたくなってきた。 
しかし、今回はここで引けないのである。幾らなんでもジャァールーをプラケで飼うのが我慢がならない。というかいけない気がする。 なので今回ばかりは何としてでも不退転の決意でビバリウムを完成させる心づもりである。ビバリウムが出来るのが先か、私が飽きるのが先か、もう答えは見えている。

コメント

「フレンズによって得意なこと違うから」の精神
  1. 2017/02/06(月) 02:17:45 |
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  3. チャバン #-
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のぉけものフゥレンズはぁじまるよぉ
  1. 2017/02/06(月) 21:21:16 |
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  3. 管理人 #-
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